6 :(´・ω・`)(`ハ´  )さん :2006/08/07(月) 06:27:11
某窓際放送局社員の独り言“ウチの局がこんなになってしまった経緯”
(1)1960年代~
  テレビ放送が始まってまもなくの頃、放送中のちょっとした言葉づかいの問題
  (例えば「朝鮮民主主義人民共和国」を“北朝鮮”と呼んでしまった、など)
  に対して、朝鮮総連から会社及び経営幹部の自宅 に対して脅迫に近い抗議行動が繰り返される。
  抗議行動に対する「手打ち」として、採用枠に“在日枠”が密かに設けられる。
  総連幹部の子弟を中心に入社試験無し(カタチだけの面接)での採用が毎年続く。
  在日枠の密約を所轄官庁に対して内密にしてもらうよう局側から総連に「お願い」をしてさらに弱みを
  握られるなど、 素人のような甘い対応で身動きがとれなくなっていく。
(2)1970年代~
  政府を叩きさえすれば世論が喝采する狂った時代。在日社員の「反日番組」を「権力に対するペンの戦い」
  「調査報道」と勘違いした経営幹部が社内で在日を積極登用。
  「日本人社員と在日社員に昇進の差別があってはならない」などと理想論を述べたのは良かったが、
  結果を見れば昇進差別をしなかったのは甘い日本人幹部だけで、
  課長、部長と昇進した在日社員は、帰化した在日二世を理不尽なまでに優遇する逆差別人事を徹底。
  異を唱えた日本人社員は徹底的にマークされ、営業や総務など番組制作の第一線から退けられる。


812 :名無しさん@6周年 :2006/08/08(火) 04:24:27 ID:syzFukij0
(3)1980年代~90年代
  昇進した在日社員が主要な報道番組のプロデューサーや報道局長など、決定的なポストを占める。
  某サヨク週刊誌の在日編集長をキャスターに迎えたニュース番組が、学生時代に学生運動に没頭した
  団塊の世代の視聴者の支持により高い視聴率を得る。
  1989年の参議院議員選挙では「土井社会党」「マドンナブーム」を
  「消費税反対キャンペーン」で徹底的に援護。
  宇野総理のスキャンダルを連日報道し社会党党首を徹底して「おたかさん」と呼ぶなど、
  あからさまな社会党支持。
  社会党が地すべり的な勝利。「山が動いた」と感動の報道。
(4)1990年代~2000年代
  偏向報道、捏造報道、取材情報を特定の勢力に提供するなど、
  報道機関として存在を否定されかねない不祥事が続発。
  ウチと同様に「左翼的」と呼ばれるA新聞、系列のテレビAが、
  どちらかといえば「北京の意」を汲んだ報道が多く、
  その手法が良くも悪くも緻密で計算高いのに対して、
  ウチの場合、この時期に発生した数多くのトラブルは、ほとんどすべてが朝鮮半島絡み。
  不祥事の内容も、テロを実行した朝鮮カルトの手伝いをした某事件を筆頭に、
  粗雑で行き当たりばったり。
  バブル崩壊以降の景気低迷で、ただでさえ厳しい広告収入が、
  「サラ金」と「パチンコ」に大きく依存。
  まさに、在日朝鮮人の資金で在日朝鮮人が運営しているのがウチの放送局。
  2005年以降は、もっと露骨なカタチで在日のスターを「作り上げる」ような番組制作が
  為されると思う。




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